※夢・ユメのアルヴィン.Ver。
ユメ・君の求める影
辺りを支配するのは、夜の深い闇と、パチパチと音を鳴らす焚き火。そして、同行者達の穏やかな寝
息。
「さあ、飛んでいけ」
白い伝書鳩の足に、小さく折りたたんだ手紙をくくりつけて飛ばす。
伝書鳩はまるで夜の闇に一生懸命抗うように、その白い羽を羽ばたかせ、空へと舞い上がった。
それを見届け、ふわあと大きな欠伸。
しかし、眠るわけにはいかない。今日の見張り当番なのだ。この大きな平原では、いつ魔物に襲われ
るかわからない。
何杯目になるかわからないコーヒーを飲んで、襲い掛かってくる睡魔をやり過ごす。
「……て……!」
声はすぐ横から聞こえた。
かすかだが、苦しげな声。
「僕を……てかないで……」
少年ながら高い声。苦しげな声と、涙声。
同行者の一人、ジュードのものだ。
何か悪夢にうなされているんだろうか。
こんな時は一度起こした方がいい。
「おい! ジュード君!!」
体を揺さぶる。
しかし、なかなか手ごわく、起きない。
「……さん、兄さん!!」
兄を求める声。
「ジュード!!」
とにかく声をかけると、自分の物より明るい茶の瞳が自分を映し出す。
「アル…ヴィン……?」
「大丈夫か?
思い切り魘されてたぞ」
ジュードはしばしボンヤリとしていた。どうやら、魘されていたという自覚はなかったらしい。
涙が出ていた事に気づくと、慌てて袖で拭い、起き上がる。
「……兄さんの夢を見たんだ」
「兄貴の?」
微かに胸に走った動揺。
ジュードは小さく頷く。
「うん。僕には年の離れた兄さんがいて、いつも一緒だったんだ」
まるで思い出のアルバムを捲りながら話すかのように、懐かしいなぁと目を細めて笑う。
「悪戯して遊んでいたし、レイアに泣かされた時、いつも兄さんがいる所に駆け込んだりしてさ。
あっ、レイアは僕の幼馴染ね」
家を飛び出す前の温かい光景。
そういえば、街中で悪戯する時は、いつも後ろを歩いていたのはジュードで、レイアに泣かされた時
は涙と鼻水で濡れた顔に爆笑していたものだ。
更にずっと幼い頃、眠れない夜中に庭に出て、一緒に医者になって、マティス治療院を世界的に有名
にするんだと話した事。
「でも、兄さんは医者を継ぐのが嫌だって言って、出ていった。
その理由はわからないけれど、いつか会って、ちゃんと話をしたいんだ」
「そっか。この旅で会えると良いな」
ポンと頭に手を乗せる。
自分の言った言葉なのに、じくりと胸が痛む。この痛みの正体は、きっと罪悪感。
その思い出の兄は、今は傭兵をやっていて、あちこち渡り歩く風来坊であるとは言えない。
「……うん、そうだね。
変な事話してごめんね。
それじゃ、おやすみ」
そう言って、タオルケットを羽織って、横になる。
やがて規則正しく、穏やかな眠気が聞こえてきた。
ぐっすりと眠りについたジュードに、アルヴィンは頭を撫でてやる。
「兄さんなんて、久し振りに呼ばれたなぁ〜。
俺がその兄貴だと知ったら、お前はどう思うんだろうな……」
一人呟いたその声は、眠りの世界に飛び立った者には聞こえない。
行き先を失った言葉は、空を舞い、やがて消えていった。
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