配達人からの贈り物

 12月24日。それは家族、友達、或いは恋人と過ごす、一生に一度の聖夜前夜。
 平たく言えば、クリスマス・イヴである。

 色とりどりのライトに照らされた夜の街を歩けば、恋人同士、身体を寄せ合ったり、父
親が大きな誕生日プレゼントの袋を提げていて、横を歩く子供は幸せそうに笑みを浮かべ
ている。

 その光景を見て、由加沙(ゆかさ)は溜息をついた。

 幼い頃は両親と三人でテーブルを囲み、イベントらしい、豪勢な料理を食べて、プレゼ
ントを貰っていたものだが、ここ数年、クリスマス・イヴのお祝いをしていない。
 この日を穏やかに過ごす彼氏がいるわけでもないし、両親は共働きで、今日も夜遅くま
で仕事がある。
 いつもは馬鹿騒ぎをする友達は今頃、それぞれの彼氏と夜を共にしているのだろう。

 すっかり一人ぼっちになった由加沙は、一人でいるのも退屈だという理由で、歩いて数
十分ある大きなショッピングモールに訪れたワケなのだが、来て数分で「来なきゃ良かっ
た」と後悔した。

 どこを見ても、カップル、バカップル、カップル。家族連れなのは、ほんの一握り。

(このまま帰ろうかなぁ〜……)

 どうせなら、スカートとか、セーターを見てから帰ろう。
 このまま帰るのも、何だか癪だし。
 そう思い、3階にある服売り場へと足を向けようとした。
 だが、

「ねえ、そこの君」

 と、声変わりを終えた青年の声がして、足を止めた。
 振り向くと、茶髪の短髪で、同色の眼差しが優しい美少年、いやいや美青年がそこにい
る。その青年の格好は、この場でよくある、サンタクロースの格好だ。
「もしかして、あたし?」
「そう。君の他に誰がいるんだよ?」
 周りを見渡せば、見えるのはカップル、バカップル、カップルばかり。
 女の子一人で歩いているのは自分しかいない。
「暇してるなら、手伝ってくんないかな?
 俺一人じゃ、大変なんだ」
 手伝う?
 何を。
 「大変」って、何の仕事やってるの?
 店をやっているようにも見えないし、何かの宣伝でもやってるのだろうか?
 そもそも、彼は仕事中なんじゃないか?
 いよいよ頭の中がクエスチョンで支配されそうになった頃、
「手伝うって、お仕事中じゃないの?」
 と訊ねた。
 どうにも妙なのだ。仕事中にも関わらず、一般客である少女に手伝いを頼むなんて。
 「この先の飲食店で、クリスマス割引やってるんだけど、良かったら顔を出してって
よ」といった、客寄せならわかるけれど。
「ん〜、仕事っていったら仕事かも。
 でもこれは、俺個人でやってることなんだ」
 個人経営なのか!?
「俺は咲日 旭(さくにち あきら)。
 信じちゃもらえないかもしれないけど、みんなに、楽しいクリスマスの時間を届ける配
達人さ」
 由加沙は眉を寄せた。
 サンタクロースの格好だけでは飽き足らず、サンタクロースになりきろうという魂胆か。
「クリスマスの時間を届ける配達人?」
 由加沙の問いに、旭はあっさりと「そう」と肯定した。
「手伝ってくれたら、プレゼントあげるから、手伝ってくれないか?」
 両手を合わせ、「この通り」と念を入れて言われ、由加沙はたじろいだ。
 元々、困っている人を放っておけない性分なのだ。だから、頼まれると弱い。
 まあいいや、と思うことにして、
「いいよ、手伝ったげる」
 とあっさりと承諾。
「ありがとう、助かるよ」
「そいえば名前名乗ってなかったね。
 わたしは水鳥 由加沙」
「由加沙ね、よろしく。
 君にやってもらう仕事ってなのは……」



「う〜ん……、簡単だっていうけど、これは色んな意味で厳しいなぁ〜……」
 袋の口を肩にかけて「よいしょ」と言いたげに袋を背負いなおす。結構な量が入ってる
みたいで、ずっしりと重たい。
 由加沙の言う「色んな意味で厳しい」というのは、現在、外にいるため、雪がちらつき、
とても寒いという事。
 もう一つは、袋の中に丁寧に包装されたプレゼントが60個入っているため、それを全
て配ること。これらを一軒一軒と配って回るのだ。考えるだけでも、「引き受けなきゃ良
かったなぁ……」と後悔したくなった。
 ちなみに旭は別行動している。今頃、由加沙の2倍の、120個もあるプレゼントを配っ
て回っているのだろう。
「よし、やるぞ!」
 由加沙は少し歩くと、右手に見える住宅の入り口に立ち、インターホーンを鳴らした。
『はい、どちら様ですか?』
 母親らしい、女性の声がした。旭が言うとおりに、
「メリークリスマス! 信太くんへのプレゼントをお届けに参りました」
 と言うと、
『あら、クリスマスの配達の子ね。
 じゃあ、いつもの所に置いておいて』
 と、たちまち、好意的な声に変わる。
「はい、わかりました。
 それでは、良いクリスマスを」
『いつもの所』というのも、旭から聞いている。由加沙は、袋から水色の包装紙に、赤
いリボンを巻いた箱を、『いつもの所』に置き、お隣の家へと足を進めた。



「お互い、あと半分だね。
 どう、このお手伝いは?」
 プレゼント配りを30回終えた所で、由加沙は旭と合流した。
 そう問うた旭は、くたくたになった由加沙と比べると、けろりとした様子である。
 毎年行っていて、慣れているのだと、由加沙は思った。
 プレゼントを配って回っている際に出会った人々が、『プレゼントをお届けに参りまし
た』といった途端に、好意的になったのも、それか。
 そうでなければ、警戒するはずだ。
「結構大変……、疲れた」
 プレゼント配りは、思った以上に過酷だった。旭みたいに平然とするには、数年かかり
そうだ。
「しょうがないなぁ」
 旭は苦笑いすると、懐から陶器で出来た笛――オカリナを取り出し、それを鳴らした。
 何とも、柔らかい音色だろう。
「もう、迎えが来るから、ここで待とう」
「迎え?」
「うん、音が聞こえるから、静かにしてて」
 しんしんと降り続ける雪が、沈黙を作る。
 その沈黙の中で、シャンシャンシャンというベルの音が、空から聞こえてきた。
 2匹のトナカイが、こちらへ向かって走ってくる。あの、サンタクロースの乗り物とし
て有名なそりを引っ張って。
「えっ? えっ??」
 あり得ない出来事に、由加沙は目を見張った。普通、空から2匹のトナカイが走ってく
るわけがない。いやむしろ、トナカイが、そりが、空を飛ぶわけがない。
 これは夢だ、そう思いたい。
 けれど、これは夢ではない。外の冷たさ、まるでコートみたいな、サンタクロース衣装
の暖かさ。夢にするには、実感がありすぎた。
 トナカイとそりが地面に降り立つと、
「さあ、乗って」
 そりの一部分を開けると、レディーファーストと言いたげに、そりの中へと、由加沙を
誘う。
「う、うん……」
 戸惑いを隠せないまま、由加沙はそれに乗った。おとぎ話に出てくるようなものではな
く、椅子にはシートベルトが備えられているし、落ちないように、そり周りは高めにして
ある。
 旭もそれに乗って、「いいよ〜」と声をかけると、トナカイ達はまたも、シャンシャン
と首の鈴を鳴らし、雪で覆われた地面を蹴り、静かに地面から浮かび上がる。
 徐々に家々が遠くなり、段々街から離れていく。
 街そのものが、まるで宝箱のような煌びやかさを放つ。
 由加沙はあまりの絶景に、感嘆の声を上げ、その美しさに見とれた。
「さあ、お仕事再開するよ」
 と旭の声。
「お仕事再開って、どうするの?
 これじゃ、家を回れないよ?」
「見てて。こうするんだよ」
 そう言って、旭は袋から、長方形型のプレゼントを取り出した。ピンク色の包装紙に、
赤いリボン。明らかに、女の子に渡すプレゼントだ。
 旭の次の行動に、由加沙は「これは夢だ!」と益々思った。
 なんと、彼の手におさまっていたプレゼントが、雪の結晶に変わったのだ。
「さあ、お行き」と優しく声をかけると、雪の結晶と化したプレゼントが、ひらり、ひ
らりと、そりから落ちていった。
 その光景に驚き、
「どーなってるの? あなた、何者なの?」
 と訊ねる。
「俺はただの配達人。
 プレゼントをこうやって雪の結晶にして、みんなに届けていくんだよ」
 そう答えている間に、彼はプレゼントを5つ6つと取り出して、次々と雪の結晶へと変
え、そりから優しく落ちた。
「へぇ〜、なんだか素敵ね」
「由加沙も出来るよ、やってみて」
 言われるままに、四角形で、水色の包装紙、青色のリボンを巻かれたプレゼントを取り
出す。すると、そのプレゼントは由加沙の手の中で、あっという間に氷の結晶へと変化し
た。
「すっご〜い!! わたしにも出来た!!」
 興奮してテンションが高くなる由加沙に、旭は「だろ?」と言い、
「さあ、それを離してみて」
 と自分を手本にして、先ほど結晶と化したプレゼントを落としていく。
 由加沙は頷き、
「行ってらっしゃい」
 と雪の結晶へと囁くと、そっとそれを手から離した。他の雪と混じって、視界から消え
ていく。
「プレゼントは、俺たちの手で結晶になって、決められた家へと向かうんだ。
 そしてたどり着いたら、結晶からプレゼントへと姿を変える。
 結晶のままだったら、他の雪と一緒になって、地面に降り積もってしまうだろ?」
「あぁ、成る程ね。
 ……んっ?」
 そこで、先ほどの労働を思い出す。
「……って、最初からこうすれば良かったじゃん!
おかげで余計な時間食っちゃったじゃない」
「まあまあそう言うなよ。でも、プレゼントを貰った時の子供達の反応を見ただろ?
 あれは、手渡しでないとわかんないんだ」
 確かに、家を一軒一軒回ったとき、玄関でプレゼントが来るのを待っていた子供が多か
った。
 そんな彼らに手渡しすると、「サンタクロースのお姉ちゃん、ありがとう」と、子供独
特の無垢な笑顔を向けてくれる。
 そりからならば、簡単に届けることが出来るのだが、子供達の喜ぶ顔を見ることが出来
ない。
 旭はそこまで考え、由加沙に家を回らせたのだ。
「うん。
 子供達、凄く嬉しそうだった」
 体は大空ゆえの冷たい空気を感じるが、心は子供達の笑顔という温かさを感じた。
「さあ、あともう一息だから、この際、全部やっちゃおう」
「うん!」
 全てのプレゼントは雪の結晶となり、街全体に降り注いだ。



「ん〜……」
 目覚まし時計が鳴ったわけではないが、ふと目を覚ました。気づいたらパジャマに着替
えているし、スズメが鳴いている事から、もう朝になっている。
「あれ?」
 どうやって家に帰ってきたんだろう。ショッピングモールに行ったら旭に出会って、お
手伝いを頼まれて……。全てのプレゼントを配り終えた時からの記憶がない。
 ベッドから体を起こすと、いつもの自分の部屋だった。旭も、トナカイの姿も見えない。
 代わりに枕元に置かれていたのは、四つ折の手紙と、ピンク色の包装に赤いリボンのプ
レゼント。
 手紙を広げると、お世辞ながら達筆とはいえない字が並んでいた。


 『ゆかさへ。
 おはよう、昨日はお疲れ様。
 君とプレゼント配達できて、すごく楽しかった。
 出来たら来年もやって欲しいんだけど、どうだろう?
 今度は120個配ってもらおうかと思ってるんだ。

 サンタクロースの格好、すごく似合ってたから、プレゼントにあげる。
 来年、また会おう。
 それじゃ、良いクリスマスを。

              メリークリスマス。
              楽しいクリスマスの時間を届ける配達人 咲日 旭』


 手紙を再び四つ折りにし、今度はプレゼントに手を伸ばす。
 手紙の通り、サンタクロースの衣装と、手紙に記されていなかったが、1枚の写真と、ト
ナカイとそりが手のひらサイズの台に乗った、オルゴールだった。
 写真は、この街そのもののイルミネーション、そりから見た街の風景そのものだ。
(それにしても、120個のプレゼントなんて、きついよ)
 由加沙は一人、苦笑いした。
 ベッドから起き上がり、カーテンを開ける。
 窓を開けると、空は曇天で、雪は空から降り続いていた。
(でも、素晴らしいクリスマスをありがとう。
 来年も手伝うよ)

 遠くにいるであろう、旭へ届くように、由加沙は空を見上げた。








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