誰もいない田舎の駅のホーム。
 気づいたら、俺の後ろに、女の姿があった。

金色列車
 雪対策を施していない駅のホームは、とてつもなく寒かった。  しかも吹雪で、雪が俺の顔や体に容赦なく吹き付けてくる。  次の電車が来るまで15分も時間があって、その間に凍死してしまうのではないかと心 配になる。  手は既にかじかんで、感覚もなかった。  辺りに人影はなくて、俺は独り寂しく、ホームに備え付けの椅子に座っている。 「〜行きの列車が到着いたします」  列車の無機質なアナウンスが響く。背後のホームに列車が到着するのだ。  しかし、俺は気にしなかった。乗る必要はないからだ。  列車に背を向け、俺は再び手を温めようと、両手を合わせてこする。  寒くて、吐く息が白い。  すると、不意に、人の気配が背後からした。 「……?」  後ろをちらっと見る。  茶髪の髪と、鼻を掠める、花を連想させるような、柔らかい匂い。  性別は女で、俺とは背中合わせに座っていた。 「ねえ」  女はそう声を発した。 「あなたの乗る列車って、どこ行きなの?」 「〜行きだけど、君はどこ行きの列車に乗るんだ?」 「私は……どこに行くんだろうね……」  意味深の発言だった。 「どこに行くって、行き先は決めていないのか?」  俺はそう訊ねたが、「ぜんぜん」と女は返した。 「ここで待っていれば、金色の列車が来るって聞いたから」  金色の列車?  何言ってるんだろう。 「金色の列車って、来るわけないだろ」 「ううん。来るの。いつになるかわからないけれどね」  女の妄想だ。  それに付き合っていられない。 「あっ、ほら来たよ」  女の声に、俺は思わず振り向いてしまった。  こちらのホームに向かう列車は、金色の光をまとっている。  女の言うとおりだ。女の妄言ではなかったのだ。 (う、嘘だろ……)  俺は夢を見てるんじゃないだろうか。思わず頬をつねる。  痛かった。夢じゃない。 「良かった、早く来てくれて」  女は安堵した様子だ。 「君、この列車に乗るのか?」  平然と頷く女。 「この列車はどこ行きなんだ?」  女は行き先を答えなかった。列車が来て、扉を開けたからだ。  扉を開けた先は、光に包まれている。普通の列車ではない。 「それじゃあね」  女はそれだけ呟くと、迷うことなく列車に乗り込んだ。  俺はただそれを見ているだけだった。見送るしか出来なかった。 「最後に教えてくれ。この列車の行き先は?」  この列車の行き先が気になる。最後に聞くと、列車に乗り込んだ女は唇を動かした。  声は聞こえなかったが、口の形から察するに、「天国」と言っているような気がする。  列車の扉は固く閉じられ、この駅のホームから発車した。  俺はただ立ち尽くしていたが、それからまもなく、自分の乗るべき列車が、駅のホーム に到着した。  列車に乗っても、あの金色列車のことが、頭から離れない。  あの列車はどこへ行ったのか、あの女はいったい何をしたかったのだろうか。  引っかかることを引きずりながら、俺は帰路を歩く。  次の朝、いつも見るニュースで流れた女の写真を見て、俺の目は丸くなった。  茶髪の軽いウェーブのかかった長髪。あまり顔を見ていないから、うろ覚えなのだが、 お世辞にも綺麗とは言いがたい顔。  ニュースによると、その女は、あの田舎の駅で、微笑を浮かべたまま凍死していたのを、 駅員が発見したのだという。
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