ため息、酔っ払い
コーネリアの天気は土砂降りの雨だった。
しかも、既に夜も遅くて、朝まで数時間ほどかかる深夜だ。
すっかり静まり返った商店街を、ウルフ・オドネルは歩いていた。
行き先は、行きつけのバーだ。
見慣れた看板を見つけ、入り口の鈴を鳴らして入ると、
「いらっしゃいませ」
とバーのマスターの声。
それに片手を上げて挨拶し、いつも呑む物を所望すると、どこに座ろうかと視線を走ら
せる。
すると、
「あっ、ウルフ……」
この場や時間と無縁の、敵チームのリーダーが、カウンター席に座っていた。
相当飲んでいたのだろう。酔いが進んで赤みが差し、目が据わっているのがわかる。
シカトするわけにいかず、ウルフはそんな青年の隣に座る
「良いのかよ、生真面目リーダーがこんな時間にいてよ」
「まあ、固いこと言うなよ。
俺だって、こんな時間に飲みたいときだってあるさ」
へらへらと笑っているのは、きっと酔っ払っているからだ。
「そういうウルフこそ、どうしたんだよ?」
答える前に、バーのマスターが、ジンが入ったグラスをテーブルに置いて、再び自分の
作業に戻り始めた。
ほろ苦いその味を堪能しながら、
「なんとなく足を運んだだけだ。ここは俺の行きつけの店だからな」
と淡白に答えると、
「そっか」
と、短い返事が返ってきた。
「そういうてめぇも、こんな時間に出てたら、あのおいぼれに叱られるんじゃねぇのか?」
表情を伺おうと視線を向けると、何故かフォックスは俯いていた。
あまり良い話ではなさそうだ。
「ペッピーだったらいないよ。
ファルコもスリッピーもクリスタルも」
フォックスの言葉に、ウルフは驚いた。
あのスターフォックスは解散したというのか。
「少し前に、ペパー将軍から連絡が来て、ペッピーを将軍にするって話が来たんだ。
当人も迷ってたみたいだけど、【俺なら大丈夫だから】って言って、コーネリア軍にいる。
ファルコは昔の仲間と宇宙を飛んでいるし、スリッピーは彼女が出来て、その人との生
活を送っている。
クリスタルは……」
続きを言うのを渋っているのか、声が小さくなっていく。
「別れて、どっか行っちまったんだな」
代わりに言うと、フォックスは俯いたまま、小さく頷いた。
「みんな、新しい生活を始めてる。
けど、俺だけは【スターフォックス】にしがみ付いてるんだ」
フォックスが【雇われ遊撃隊・スターフォックス】に固執している理由は知っている。
目の前の酔っ払いの父親であり、自分にとっては憧れであり憎しみの対象の男、ジェー
ムズ・マクラウドが創設した遊撃隊だからだ。
父親を尊敬していたフォックスにとっては、【スターフォックス】は父から託された遺産
であると思っているのだろう。「手放せ」と言われても、頑として首を縦に振らない。
「すいません、さっきのもう一杯下さい」
よく見れば、フォックスのテーブルの上のコップが既に空になっている。飲み足りない
のか、マスターに追加注文を頼んだが。
「お客さん、これで10杯目だ。これ以上飲んで、酔いがひどくなったら大変だよ」
10杯も空けたというのか、こいつは。
さらにジンが不味くなったような気がした。
「平気です。
だからさっきのもう一杯お願いします」
マスターの言葉にも耳を貸さず、もっと酒をくれと頼むフォックスに、ウルフは嘆息し
た。
「すまねえマスター。
この酔っ払い子狐に酒じゃなくて水をくれ」
目の前で困っているマスターに水を頼むと、隣の狐が
「酔っ払いじゃない!
それに子狐って年じゃない!!」
とにらみつけ、噛み付くように言う。
赤みが差した頬、やや焦点が合ってないように見える、エメラルドグリーンの瞳。
それに加えて身長差による上目遣い。
何かがぞくっとウルフの体に走った。
「あいよ、水」
ことっと静かな音を立てて、マスターがフォックスの前に水入りのコップを置いてくれ
た。
「サンキュ。
ほれ、少しは水を飲め」
「いらない。それより酒をくれ」
どれだけ飲む気なんだ、この子狐は。
「10杯なんて飲みすぎだ、いいから水飲め」
「だからいらないって。
じゃあウルフが飲んでるやつと交換で」
「アホ! てめぇが飲むにはまだ早い!」
「酒に早いも遅いもないだろ!
いいからくれ!」
「駄目だ! てめぇはただでさえ飲みすぎなんだ!
ガキは水を飲め!」
「ガキって、もう27だ!」
「俺からすりゃ、まだまだガキだ」
段々押し問答がヒートアップしていく。
むしろ、くだらない方向へと進んでるような気がする。
(仕方ねえな……)
ウルフは舌打ちして、フォックスの前に置かれている水入りコップを持ち、ぐいと口に
含む。
そしてフォックスの服の襟を強く掴み引き寄せると、口付ける。
驚きで開いたフォックスの口に、先ほどの水を流し込めると、ごくりと飲む音がした。
飲み干したのを確認した瞬間、フォックスの全体重がのしかかってくる。
何があったのか、と思い、覗き込むと、「スゥ……すぅ……」と寝息と寝顔があった。
どうやら、飲みすぎ+水で酔いが眠気に変わってしまったらしい。
(ったく……人騒がせなやつだ……)
ウルフは何度目かになるため息をつくと、残っていたジンを飲み干し、すっかり眠りの
世界に旅立ってしまったフォックスを抱え上げる。
「ちょっと奥借りる。宿代は明日の朝払うからな」
「わかりました。飲み代と合わせて請求させていただきますが、よろしいですか」
「あぁ、それで良い」
多少、多めに持ってきて良かったぜ、と思いながら、ウルフはバーを抜け、宿舎を兼ね
ている部屋の扉を開けたのだった。
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