グレートフォックスで宇宙を航行中、突然、キャット・モンローが顔を出しに来た。



変な感情



「やあキャット、いらっしゃい」
 俺とスリッピーはコックピットで客人を出迎える。
 ゾネスで出会った頃と全然変わらない姿で、キャットの愛機・キャットウィングから、
パイロットは軽やかに降りてきた。
 颯爽としてて、カッコいい。
「久しぶりねボウヤ。
 蛙のおちびちゃんも」
「元気してた?」
 スリッピーは握手を求めるように、手を出す。キャットはそれを取って、
「ええ、この通りよ。おちびちゃんも元気みたいね」
「こいつから元気を取ったら、メカニックとしての能力しか残らないよ」
「ひどいよ〜フォックスゥ〜……」
 む〜と頬を膨らませるスリッピーに、俺とキャットは笑った。
 ひとしきり笑い終わると、
「ファルコに会いに来たんだろ?
 俺が案内するよ」
 と言う。するとキャットはふんわりと笑って、
「ええ、お願いね」
 と答えた。
 スリッピーに後を任せて、俺とキャットは、ファルコがいるリビングへと案内した。



「おう、フォックス」
 ソファーに横たわっていたファルコは、俺の後ろにいるキャットに気づくと、慌てて起
き上がり、
「ってキャット!
 なぜ、お前がここに!?」
 と見るからに狼狽していた。これでソファーから落ちたら、俺はこの場の空気を壊して
笑ってしまいそうだ。
「せっかく会いに来たのに、随分な言い方ね」
 むっと唇を尖らせるキャット。
「それで、何の用なんだ?」
「用がなかったら、来ちゃいけない?」
「まあまあキャット。とりあえず座ってよ」
 このままじゃ口喧嘩を始めそうだったので、俺はすぐ、ファルコが寝転んでいたソファ
ーと対面する、もう一つのそれに彼女を座らせた。
「ありがと」
 俺はすぐに台所に立ち、
「キャットはブラックで良かったっけ?」
 と訊く。
「ええ」
「ファルコもブラックで良いか?」
「ああ、サンキュ」
 俺は2人分のコーヒーを淹れる。
 しかし、じりっと胸の痛みが走った。
 何故あの二人を見てると、胸が痛いのだろう。



 二人分の出来立てコーヒーをテーブルに置く。
「つもる話あるだろうから、席を外すよ。
 ゆっくりくつろいでって」
「ええ、ありがとう」
 俺は、まるでその場から逃げるように、リビングを去った。



 どれくらい時間が経ったのだろうか。俺はプライベートルームで書類と格闘していた。
 束になっている書類の記入欄は、全て手書きだ。
 コンピューターでのデータ入力式だったら、ものの数分で終わるのに。
 ようやく半分を終えたが、さすがに疲れた。肩も重たいから、きっと肩こっているに違
いない。
 部屋を出て、リビングへ向かおうとしたが、そこにはファルコとキャットが話し込んで
いるのを思い出し、その足を止めた。
 ただ飲み物を飲みに行くだけなのに、行きたくない。
 二人の邪魔をするのが憚られるからか、それとも、二人が話しているのを見たくも聞き
たくもないからか。
 書類で紛らわしていた痛みが復活してきた。
 やっぱ、出直してこようか。
 そう思い、踵を返そうとすると、
「飲みもん、飲みに来てたんじゃないのか?」
 と背後から聞き慣れた声。ファルコだ。
 俺は思わず振り向く。
「そのつもりだったんだけど、まだ話し込んでたら悪いからさ」
「あいつなら帰った」
 相変わらずキマグレな奴だ、と言い、俺は苦笑いした。
「もう一杯飲むとこだった。お前もコーヒー飲むか?」
「あぁ、飲む。
 さっき一杯飲んだのに、眠れなくなるぞ?」
「余計な心配なんていらねぇよ。
 そうなったらそうなったで考える」
「考えるのかよ!」
 俺達はそう言い合いながら、リビングへ入った。



 先ほどのじりっとした胸の痛み。
 その正体を知ることになったのは、後々の事だった。



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