FIRST CONTACT
夜中の1時半。
寝返りを繰り返すも、眠気が起こらなかった。
いつもならぐっすりと眠れるのにな、と布団の中で、響は一人ごちる。
緊張しているのだ。
朝が来ればいよいよ、憧れていた高校の入学式だから。
身を起こし、水色のカーテンを開けると、校庭は静寂に包まれていて、それでいて寂し
げな景色が広がっていた。
入寮して2日目。初めてこの景色を見たとき、高校の敷地内というだけあって、テニ
ス部やサッカー部、陸上部といった運動系の部員がせわしなく動いていた。
4階でも、部員達の声が聞こえてくるのだが、今はとても静かで、とても同じ場所とは
思えなかった。
しかしどうしよう。このままベッドに入っても、目が冴えてしまっているから寝付けな
さそうだ。
だからといって、電気はつけられないから、暇つぶしの小説は読めない。
どうしようかと思案していたが、
(そういえば、屋上あったよね)
と思い出す。
この寮には、屋上が存在している。
週に何回か、寮の清掃に来るおばさんたちが、洗濯物を干すために、屋上を利用するの
だ。もちろん、自殺防止の柵を施してあるため、冬以外は基本的に開放されている。
……夜中は開いているのかはわからないけれど。
春とはいえども、夜は冷え込む。
パジャマにピンク色のガーディガンを羽織り、藍色の長髪を揺らして、ドアへと歩み寄
ると、それを開けた。
案の定というべきか、屋上の扉の鍵は開いていた。
4階の響の部屋から屋上までの道は、とても薄暗くて、不気味だ。
怪談が苦手な人なら、途中で逃げ出すか、泣き出すだろうけれど、響はそういうのは気
にしないタチだ。
(ちょっと冷えるわね……。ガーディガン着てきて良かった)
ひゅぅと吹いた風は冷たくて、少し身を震わせたが、閉じていないガーディガンの前を
寄せて、柵へと向かった。
4階の自室よりも広い景色が見える。
真下には校庭があり、少し離れた場所に住宅街や商店街がある。
街から遠く離れた山の上にあるから、この屋上は無料の展望台だ。
「眠れないのか?」
一人しかいないと思った、その声に、響の肩はぴくっと揺れた。
振り向くが、扉部分には誰もいない。
「どこ見てんだ?」
ちなみに声の主は、男の子。
そういえば隣は男子寮だったはずと思い出し、男子寮を見ると、屋上に、一人の男の子
が女子寮側にある椅子に座っていた。
「ごめんなさい。気づかなかった」
響はそう言いながら、男子寮側へと近寄る。
近寄るたびに、少年の特徴がわかってきた。茶色の短髪に、整った顔立ちだが、どこか
近寄りがたさを感じる。
「いや、いい。
驚かせてしまってすまない。
……アンタ、新入生か?」
「うん。
私は春賀 響(はるか ひびき)よ。「春」に年賀の「賀」と書いて、春賀。
あなたは?」
「俺は神葉 いつき。
アンタと同じ、新入生」
「そうなんだ……」
必死に何か会話しなきゃと、頭を張り巡らせる。
……閃いた。
「神葉くんって、どこの中学だったの?」
「青海野中」
「青海野中って、隣の中学ね。
サッカー部の名門って評判の学校だったって聞いてるわ。
私は、桜未来中」
「桜未来中か。
あそこは音楽部や美術部が強いって有名な学校だったな」
「うん。神葉くんは何か部活やってたの?」
「いや、帰宅部。部活入るのめんどかったしな。
そういうアンタはどうなんだ?
音楽系とかやってそうな気がするんだが」
「音楽系とかやってそうな気がする」。その言葉に、響はチクッと手が痛んだ。
長年巻き続けた包帯の下で、痛みを持たなくなった左手の傷。
それを隠して、響は苦笑いした。
「ううん、私も帰宅部。
でも、一応は図書委員やってたよ」
「そうか」
そういえば、男の子とこんなに話すのは初めてだなぁ、と響は思う。
しかし……会話がなくなってしまった。
冷たい風が二人の沈黙を包んでいる。
ふわぁ……。
沈黙を破ったのは、響のあくびだった。
「あっ……」
「眠くなってきたか?
朝早いし、そろそろ寝た方がいいぞ」
「う、うん。
そうするね」
パタパタとスリッパを鳴らして、女子寮のドアを開ける。
入る前に、
「えっと……神葉くん」
振り向かずに、声をかけた。
「同じクラスになったら、よろしくね。
それじゃ、おやすみなさい!」
振り向いてにこっと笑うと、返事を聞かずに中に入った。
とっつきにくい人だと思ったけれど、凄く優しい人だった。
数分しか話していないけれど、仲良くなれそうな気がする。
眠れるかなぁ〜……と思いながら、響は階段を下るのだった。
ただ、偶然かもしれなかったこの瞬間。
響といつきが再び思い返すのは、まだ先のお話。
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